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聞こえなかった鈴虫の声が?周波数と携帯電話の進化

本格的な夏を迎えると、厳しい暑さの中で聞こえてくるのが蝉の声。
蝉の声が聞こえ始めたかと思えばすぐに勢いよく鳴くようになり、その声が暑さにより拍車をかけているように感じます。
秋がやってくると、鈴虫やコオロギのように涼しさを感じさせてくれる虫の声が聞こえてきます。夏の夜でも暑さが少し和らいだ日には秋の虫の音を聞くことができます。

鈴虫の鳴き声は、一般的にはジージージーという音で知られています。これは、鈴虫が羽を振動させて発する音です。
鈴虫は「夏の虫」として日本ではほんとうによく知られていますよね。

さて、蝉や鈴虫、コオロギなど鳴き声に特徴のある虫の声は、電話やスマートフォンを使って通話をしている相手に聞こえると思われがちですが、実は聞こえないのです。どうして聞こえないのでしょう?

この疑問を解消するためには、まずは携帯電話やスマートフォンがどうやって音声を相手に送っているかを知る必要があるのです。
ここからは、専門家の方には怒られるかもしれないくらいかみ砕いた説明になりますので、そのあたりはご容赦ください。

1. そもそも携帯電話はどうやって音声を送っているの?

携帯電話やスマートフォンはそもそもどうやって音声を相手に送っているのでしょうか。
人間の音声をそのまま回線を通じて送っているわけではないそうです。
マイクで拾った音声の周波数や音圧(音量)をデジタルデータというものに変換し、それを相手に送り、受け取った相手はデジタルデータの中からそれにあたる音声を再現して再生しています。つまり、携帯電話で聞いている相手の声は、相手の声にそっくりな別の声だということになります。

さて、まず周波数についてお話を進めましょう。
周波数とは1秒間に物体が何回振動するかを表す値で、単位にはHz(ヘルツ)が用いられます。
この数値が小さかったら低い音、数値が大きかったら高い音になります。
一般的に人間が聞くことができる周波数の領域は20Hz~20000Hzで、可聴域といいます。

ちなみに、低すぎて人間には聞こえない音は「超低周波音」、逆に高すぎて聞こえない音は「超音波」といいます。超音波のほうは耳にすることが多いですね。
楽器を演奏する方などには「440Hz」もしくは「442Hz」という周波数に馴染みがある方がいらっしゃるのではないでしょうか。バロック音楽などと言い始めると他にも様々な数値が出てきてしまいますがそこはまた別のお話ということで。

次に音圧についてのお話です。
音圧とは簡単に言うと音の大きさのことで、単位にはdB(デシベル)が用いられます。
高校の数学IIで登場する「対数」というものを用いて計算することで得られる数値ですから、共通テストで扱われる可能性もありそうですね。
共通テストで数学IIを使う皆さんは少し調べて予備知識を入れておくといいかもしれません。

携帯電話やスマートフォンはマイクで拾った音声を「周波数が○○Hzで音圧が△△dB」といったようなデータに直して送っているわけです。
しかもそれは1秒あたり1万回以上というものすごい回数なのです。
では、マイクで拾った音のすべてはデータ化して相手に送られているのでしょうか。

2. 音声のデータ化の範囲はどこまで?

通話時に一度に送ることができるデータ容量は限られています。
マイク自体は人間の可聴域よりも少し広い周波数領域を拾うことができますが、拾った音をそのまますべてデータ化したものはかなり容量が大きいため、相手に安定して送ることは不可能です。
そこで音声データを何らかの方法で一度圧縮して容量を減らす必要があります。

また、送られてきた圧縮データはそのままでは再生できませんので元に戻す必要もありますね。
この音声データの圧縮や復元に用いられるのが「音声コーデック」もしくは「オーディオコーデック」というソフトウェアです。
データのデジタル化や圧縮は高校の情報で扱われる内容なので、もしかしたら知っている方がいらっしゃるかもしれません。

音声コーデックだったらAACとか、WMAとか、MP3あたりが比較的有名でしょうか。
携帯電話やスマートフォンで通話をする場合は、通話用のコーデックを用いて音声データを圧縮して容量を削減してから相手に送るわけです。

通信規格3Gを用いていた2010年頃までは、オーディオコーデックとしてAMR(Adaptive Multi-Rate)という形式が使われていました。
AMRは300Hz~3400Hzの範囲のみを利用し、範囲外の音声はすべて切り捨てるものです。

人間の話し声には様々な周波数成分が含まれているので上下を切り捨てたことによってかなりこもった声に聞こえてしまいますが、メインとなる周波数成分は500Hz~1000Hzですから十分話し声を送り届けることができますね。
このように低い音や高い音の情報をまるごと切り捨ててしまうことで容量を大きく削減していたわけです。

実は、虫の声が通話相手に聞こえない理由がこのデータの圧縮作業に潜んでいます。

3. 虫の声の周波数ってどれくらいだろう

日本に広く生息するアブラゼミやミンミンゼミ、クマゼミの鳴き声に含まれる周波数で最も多い成分は4000Hzから6000Hzです。
先ほど説明しましたが、マイクで拾った音声データの圧縮の際、3400Hzよりも高い音は切り捨ててしまっていましたね。
つまり、セミの鳴き声はこの圧縮方式では不要な音声として切り捨てられてしまっているので、通話相手には送られないということなのです。

ちなみに鈴虫の声は3500Hz~4500Hz、コオロギの声は4000Hz~5000Hzですから、こちらも同様に相手に送られることはありません。
AMRを用いて音声を圧縮している以上、電話越しにこの虫たちの声を聞くことは残念ながらありません。
しかし、先ほど述べたようにAMRを用いて通話していたのは2010年頃までの話。
最近ではいろいろと様子が違っているようです。

4. 通信技術の発展で高い周波数も可能に?

通信技術の発展により3Gの後継となるLTEや4Gが、さらに今となっては最新規格の5Gという通信規格が開発・実用化されています。
通信速度の向上、および一度に送ることができるデータ容量が増加したおかげで、通話時に利用するコーデックにも変化があるのです。

2010年頃からはAMRを発展させたAMR-WBという規格が使われています。
これは50Hz~7000Hzの音声を相手に送るものです。
これはAMラジオと同程度の周波数領域ですから、AMラジオと同じくらいの音質で相手と通話ができるということです。

さらに2016年頃からは現在の最新規格EVS(Enhanced Voice Services)という規格が使われています。
これは50Hz~14400Hzまでの音声を相手に送るものです。
FMラジオと同程度の周波数領域で、人間の可聴域にかなり近づいていますね。
AMR、AMR-WB、EVSと、リアルな音声にどんどん近づいていく様子がわかる聴き比べ動画がありますので、ぜひ聞いてみてください。

参考:「ドコモのVoLTE(HD+)音質比較」

技術革新により、かなり高い周波数の音声も送れるようになったスマートフォンですが、ここで一つの疑問が生じます。

5. 今の技術でも虫の声は届かない?

昔の形式では3400Hz以上の音声がカットされていたため、4000Hz~5000Hzの虫の声は相手には送られませんでした。
ここ10年ほどの技術革新により最新のスマートフォンであれば14400Hzまでの音声が相手に送られるようになりました。

そうです。
最新のスマートフォンどうしの通話であれば虫の声も相手に届くはずなのです。
しかし、この実験をしている人はなかなか見つかりません。

動画を再生して「聞こえた」と言っている事例はあるのですが、動画の再生は通話時に用いられるコーデックとは別です。
”通話で”虫の声が聞こえるかどうかにはまだまだ検証の余地がありそうですね。